「生涯学習と自己実現'06」の通信指導(1) [我ら放送大学生]
「生涯学習と自己実現'06」の通信指導課題が戻ってきました。
先生のコメントとともに公開します。
問1 紹介学習と自己実現の関係について論ぜよ(1000字以内)
社会人になってから、特に40代以降の人生後半の学習の目的は、十代、二十代の頃のような、何か社会的なもの、ステータスやプライドを満足させ収入の多い仕事や、高い地位を獲得するためのもの、ではなくなってくる。自分の肉体も知力も能力も限界があり、これから失われていくかもしれない、ということを前提に、自分に対しても社会に対しても、これまで人生で身につけてきたものの見方を再構築するためのものである。
何かを獲得したい、あるいは獲得すべきであると考えてやってきたものの、その結果である今が、どれ程のものであるのか。健康で、知力も能力もこれからいくらでも向上できる、という思い込みが失われたとき、それは、希望の喪失であるかもしれないが、ありのままの自分に気づくということでもあるのかもしれない。自分を、進歩や、上昇への促してきたものが、そもそもなんであるのかを知り、自分を形作っている、社会や、知識の枠組み、自分自身が思い込んでいる自分はこんな人間であるという枠組みを知ることで、もはや、進歩することにも向上することにも縛られない、ありのままの自分自身に近付いていくことになる。
さらに、死がすぐ近くにあると自覚する頃には、自己にもとらわれない、学んだこと全て忘れた後に残る境地のようなもの、それすら忘れて塵芥のように消えることを自然に受け入れられること、いわば、無に向かって学んでいくことで、自分を超えた、高次の精神との合一を自然に果たすことができるということが、生涯学習の行き着くゴールであり、自己を忘れること、意識する必要もなく、消えていくことを受容することが、究極的な自己実現であるのかも知れない。
先生のコメント
「テキスト7,8章、1章最後も状況と一体化する学びから見えてくる自己実現」
先生のコメントとともに公開します。
問1 紹介学習と自己実現の関係について論ぜよ(1000字以内)
社会人になってから、特に40代以降の人生後半の学習の目的は、十代、二十代の頃のような、何か社会的なもの、ステータスやプライドを満足させ収入の多い仕事や、高い地位を獲得するためのもの、ではなくなってくる。自分の肉体も知力も能力も限界があり、これから失われていくかもしれない、ということを前提に、自分に対しても社会に対しても、これまで人生で身につけてきたものの見方を再構築するためのものである。
何かを獲得したい、あるいは獲得すべきであると考えてやってきたものの、その結果である今が、どれ程のものであるのか。健康で、知力も能力もこれからいくらでも向上できる、という思い込みが失われたとき、それは、希望の喪失であるかもしれないが、ありのままの自分に気づくということでもあるのかもしれない。自分を、進歩や、上昇への促してきたものが、そもそもなんであるのかを知り、自分を形作っている、社会や、知識の枠組み、自分自身が思い込んでいる自分はこんな人間であるという枠組みを知ることで、もはや、進歩することにも向上することにも縛られない、ありのままの自分自身に近付いていくことになる。
さらに、死がすぐ近くにあると自覚する頃には、自己にもとらわれない、学んだこと全て忘れた後に残る境地のようなもの、それすら忘れて塵芥のように消えることを自然に受け入れられること、いわば、無に向かって学んでいくことで、自分を超えた、高次の精神との合一を自然に果たすことができるということが、生涯学習の行き着くゴールであり、自己を忘れること、意識する必要もなく、消えていくことを受容することが、究極的な自己実現であるのかも知れない。
先生のコメント
「テキスト7,8章、1章最後も状況と一体化する学びから見えてくる自己実現」
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